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zoom RSS 原発事故についての、マスコミ・報道のあり方は?

<<   作成日時 : 2012/10/02 16:50   >>

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 正直のところ、日本のマスコミの報道がこれほど現実からかけ離れているものなのだと言うことを、福島での原発事故の報道をめぐって感じたのは私だけなのでしょうか。ほとんどのTV放送や新聞報道は事故の前はその危険性を追求した報道はなされなかったのではないでしょうか?

 振り返ってみれば、「原発に関する報道の情報源を国や東京電力に頼りすぎ、発表を疑ってかかるかかることができず(大本営発表)と言われる事態になった。」と中日新聞東京本社の大場司社会部長が発言したと報道されています。「10月1日付福島民報新聞」

 米ニューヨーク・タイムズ東京支局のマーテインファクラー支局長は「国や東電に対する批判的な報道がおろそかになった。権力の監視が不十分だったため国民の不信感を招いた」と日本のメディアを批判したと言うことです。「10月1日付福島民報新聞」
 
 読売新聞東京支社の井川洋次郎論説委員は「原発の安全神話を前提に物事を考え、備えが十分でなかった。再び安全神話を生み出さないためには先入観を捨て、国民の多様な意見を拾い上げたい。としているそうです。「10月1日付福島民報新聞」

 マスコミの報道姿勢については自らも振り返って反省をしている部分もあるようですが、どう見ても政府・東電寄りの報道が多く、被災者側に立った報道はあまりにも小さな扱いであったと思います。事故から1年くらい経ってからでしょうか、事故の深刻さ、政府や東電の発表がいかに信用できないものであるのか、国民の間に次第に明らかになり、報道機関ではそれまでの報道姿勢を改め、地方紙では、政府・東電寄りの報道姿勢から実態を見つめた報道が次第に多くなったように思います。

 しかし、まだまだ不十分であると思います。大飯原発の活断層問題と再起動、大間原発工事の再開、原子力規制委の役割と権限、政府の原子力政策などまだまだ深く追求すべきことが多くあるのです。こうした問題を見過ごして追求が不十分であると感じているのです。

 そしてまた心配なことは、原発問題はしだいに福島県だけの問題に矮小化されてきているように思うのです。すでに大手の全国紙では、原発事故についての扱いの分量が格段に少なくなり、入れ替わるように竹島。尖閣問題が大きく扱われてきて、すでに原発事故は過去のこととなりつつあるのではないかと言うことです。

 これではまだ避難生活をしている16万人の人々、ふるさとを、家を、耕地を、生活を、仕事を奪われた人々は
人生を奪われてしまったままで生きて行けということなのでしょうか?この社会の不条理を報道するのがジャーナリズムの精神なのではないでしょうか?

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